研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第18回 東京文化財研究所 無形文化遺産部 公開学術講座「文化財修理と在来絹製作―絹織製作研究所の技術をつなぐ―」の開催

会場の様子

 令和6(2024)年12月6日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第18回公開学術講座を開催しました。当研究所では平成27(2015)~平成30(2018)年にかけて長野県飯島町にある勝山織物株式会社絹織製作研究所(以下、絹織製作研究所)の志村明氏(選定保存技術「在来絹製作」各個認定保持者)と秋本賀子氏の染織品修理の材料として用いられる絹の製作技術について調査を行い、令和3(2021)年に「無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書『絹織製作技術』付属DVD付(東京文化財研究所刊行物リポジトリ、以下『絹織製作技術』)を刊行しました。本学術講座では、同技術に焦点を当て、当研究所で行った調査・記録事業を紹介するとともに、染織品を取りまく修理技術や修理材料の製作技術の状況を広く知っていただくことを目的としました。
 当日は、無形文化遺産部主任研究員・菊池理予より開催趣旨を説明し、文化庁の多比羅菜美子氏より「文化財の保存技術―在来絹製作―」を、駒ケ根シルクミュージアム館長の伴野豊氏(九州大学名誉教授)より「我が国における蚕種保存」をご講演いただきました。その後、参加者にはロビー展示を観ていただく時間を設けました。ロビー展示では、伴野豊氏よりお借りした様々な蚕種の繭や、絹織製作研究所で制作された繰糸技法や織組織のパターンを変えた着物5領、着物と同じ生地で作った巾着袋を展示しました
休憩後は、映像「普及編―絹織製作技術―」の上映や、絹織製作研究所の秋本賀子氏による「絹織製作技術の現状と継承」の報告、鼎談「染織品修理と修理材料の依頼―実例を通じて―」では、株式会社松鶴堂の依田尚美氏と絹織製作研究所の秋本賀子氏にご登壇いただきました。
 今回の学術講座を通じて、有形文化財を取りまく無形の技術に焦点をあてることで、現在の技術を受け継ぐ意義について考える機会となりました。今後も無形文化遺産部では、無形の技術についての調査結果を公開するとともに、課題を議論できる場を設けていきます。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XVIII-中央伽藍前十字テラスの保存修復に向けた予備調査

中央伽藍前テラス(赤色部が十字テラス)
十字テラス発掘中
中央塔の旧構成部材修復の様子

 タネイ遺跡は12世紀末から13世紀初頭の建立と推測される仏教寺院で、その中央伽藍の正面にあたる東側には大型の矩形テラスと十字テラスが並んでいます。同時代の他寺院でも伽藍正面には大型テラスが認められますが、矩形テラス前に十字テラスが接続する構成は珍しく、タネイ寺院の性格を考える上でも重要な遺構と言えます。しかし、テラス上に生えた樹木の根やテラス内部を構成する盛土層の不等沈下により、とくに十字テラスの崩壊が著しい状況にあります。
 そこで文化遺産国際協力センターでは、令和6(2024)年11月末から12月下旬にかけて職員4名を派遣し、今後の保存修復方法の検討に向けた予備調査として、カンボジア政府APSARA機構の考古スタッフとの協働による十字テラスの発掘調査を開始しました。併せて、崩壊原因を解明するための内部構造調査や破損調査、崩落した石材の残存状況調査を実施し、今後の修復手法に関する基礎的検討を行いました。
 発掘調査の結果、周囲の堆積土中からかつて十字テラスを構成していたと考えられる多数の散乱石材を検出したほか、基礎地業層やテラス内部の構造の一端が明らかになりました。一方、テラス基底部の現状レベルを確認したところ、とくに南北の翼端部に向かう沈下が認められるものの、基底部自体は比較的健全な状態を保っていることがわかりました。これに対して、テラス東翼の南北辺や南翼付近では側壁や床材が多くの箇所で失われており、砂を主体とする内部盛土が流出している状況が確認されました。散乱石材の中からはテラス側壁中段に比定される部材がほとんど見つかっておらず、いつの時代かにこれらの石材が人為的に持ち去られた可能性が考えられます。こうした観察結果をもとに十字テラスの修復方法をAPSARA職員とともに検討し、修復の基本方針や今後の進め方について概ね合意に達しました。
 これと並行して、同年8月までに部分修復を実施した中央塔東西入口部について(XVI-XVII次現地調査)、若干の追加的石材修復作業を行いました。さらにこの間、12月11日から13日にはシエムレアプ市内で国際調整委員会会合(ICC-Angkor/Sambor Prei Kuk)が開催され、中央塔入口部の修復完了と中央伽藍前十字テラスの調査内容について報告しました。

ルクソール(エジプト)岩窟墓における壁画断片の保存修復に係る研究

アル=コーカ地区の風景
壁画断片処置の様子

 文化遺産国際協力センターでは、早稲田大学エジプト学研究所およびエジプト考古局と協力し、ルクソール西岸アル=コーカ地区に所在する岩窟墓に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究を実施しています。研究対象となる壁画は、平成25(2013)年に早稲田大学名誉教授近藤二郎氏によって発見されたコンスウエムヘブ墓に描かれたもので、制作年代は新王国時代の紀元前1200年頃と推定されています。
 この壁画は、石灰岩の表面に塗られた土を主原料とする壁に描かれています。これまでの研究では表面に付着した汚れのクリーニング方法や、土壁が剥離・剥落した箇所に適した修復材料および技法の開発に取り組んできました。そして、令和6(2024)年11月20日~12月5日に実施した実地研究では、発掘作業中に発見された壁画断片を原位置に戻す処置方法について検討しました。その結果、壁画表面の保護方法や裏面の補強方法について良好な結果が得られ、土や粘土といった元来この壁画に使用されている材料と同等のものを使った原位置への再設置作業からも一定の成果を確認することができました。今後は、今回行った処置の効果や安定性に着目しながら経過観察を続けていきます。
 この研究は、基礎研究から各種実験を重ね、実用性に配慮した処置方法を導き出すという過程を経て丁寧に進めてきました。その成果はルクソールにおいて他に類を見ないものであり、エジプト考古局や現地の専門家から非常に高い評価を受けています。今後も、新王国時代に数多く制作された壁画の保存修復に貢献する研究を推進し、さらなる成果を目指して活動を続けていきます。

ネパール・キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その3

ワークショップ「キルティプルの歴史的集落の保全」
コカナ集落にて昨夏の豪雨被害で倒壊した歴史的民家

 東京文化財研究所とキルティプル市は、歴史的民家保全のパイロットケーススタディとして、令和5(2023)年よりキルティプル旧市街の広場に面する大規模民家の保存に向けた共同調査を行ってきました。令和6(2024)年12月20日~27日にかけて職員1名を現地に派遣し、26日には対象物件の今後の保存活用に向けたワークショップ「キルティプルの歴史的集落の保全」を両者で共催しました。
 午前の部では、NGO組織であるKathmandu Valley Preservation Trust (KVPT)のスタッフがネパールにおける歴史的民家の保存活用事例に関する講演を行ったほか、当研究所職員と現地専門家による調査チームのメンバーらがこれまでに実施した調査の成果を報告しました。これにはキルティプル市長、副市長、区長および対象建物の所有者家族らを中心に約50人が参加し、今後の建物の保存をめぐって、行政、所有者側の双方から積極的な意見が出されました。
 また、午後の部には所有者家族を中心に16人が参加し、長年暮らしてきた建物にまつわる記憶、感情、未来など様々なトピックを話し合うブレインストーミングを行いました。
 具体的な保存のあり方についての合意形成に至るまでにはまだ長い道のりが予想されますが、対象建物の価値を話し合いながら共有することで、その保存に向けた一歩を踏み出せたのではないかと思います。
 一方、今回の派遣期間中には、キルティプルと同じく世界遺産暫定リストに登録されているコカナ集落も訪問しました。コカナ集落では、平成27(2015)年のゴルカ地震後に集落内の歴史的民家のほとんどが建て替えられてしまいましたが、集落中心部に19世紀頃の建築とされる歴史的民家が僅かに残っていました。この建物については、以前より私たちに地元住民有志から保存に関する支援の相談が寄せられていたのですが、昨夏の豪雨によって完全に倒壊してしまいました。幸いにも負傷者はなかったそうですが、コカナ集落を長年見守ってきた貴重な建物が失われたこと、そして必要なタイミングで支援を届けられなかったことが大変に惜しまれます。

長谷川等哲についての研究発表―令和6年度第7回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景

 文化財情報資料部では東京文化財研究所の職員だけでなく、外部の研究者も招へいして研究発表を行っていただき、研究交流を行っています。11月の研究会では山口県立美術館副館長の荏開津通彦氏に「長谷川等哲について」と題してご発表いただきました。長谷川等哲については、これまで『岩佐家譜』に岩佐又兵衛の長男・勝重の弟が、長谷川等伯の養子となり、長谷川等哲雪翁と名乗って、江戸城躑躅間に襖絵を描いたことが記録され、『長谷川家系譜』に載る「等徹 左京雪山」、また『龍城秘鑑』が江戸城躑躅間の画家として記す「長谷川等徹」と同人かとされてきました。等哲の作品としては「白梅図屛風」(ミネアポリス美術館蔵)が知られていましたが、現存作例・文献も少なく、未詳のことが多い画家です。今回の荏開津氏の発表では、最新の研究成果をふまえて「長谷川等哲筆」の落款のある「柳に椿図屏風」など、等哲筆とみなされる作品を多く提示し、聖衆来迎寺の寺史『来迎寺要書』に同寺の「御相伴衆」として長谷川等哲の名が現れること、また、備前国・宇佐八幡宮の「御宮造営記」に、歌仙絵筆者として長谷川等哲の名が記されることなど新たな文献情報をあげ、長谷川等哲の画業について考察しました。発表後の質疑応答では、コメンテーターとしてご参加いただいていた戸田浩之氏(皇居三の丸尚蔵館)、廣海伸彦氏(出光美術館)のほか、長谷川等伯に関する数多くの業績をお持ちの宮島新一氏をはじめ多くの研究者の方々にご参加いただき、活発な研究討議が行われました。

和泉市久保惣記念美術館での調査

和泉市久保惣記念美術館での絵巻物の調査
「山崎架橋図」の調査

 大阪府にある和泉市久保惣記念美術館は、昭和57(1982)年に開館した和泉市立の美術館で、日本東洋の古美術作品を中心に所蔵し、展覧会をはじめさまざまな文化振興活動を行っています。令和6(2024)年1月に、東京文化財研究所は和泉市久保惣記念美術館と共同研究に関する覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行っています。令和6(2024)年3月には鎌倉時代の絵巻である「伊勢物語絵巻」と「駒競御幸絵巻」(ともに重要文化財)について光学調査を行いました。また令和6(2024)年11月には、「山崎架橋図」や「枯木鳴鵙図」(ともに重要文化財)などの掛軸の作品について、光学調査を行いました。今回の調査では特に「山崎架橋図」の下部に記されている銘文をより識別しやすい画像を記録できないか、ということや、宮本武蔵によるすぐれた水墨画作品として知られる「枯木鳴鵙図」の表現について、材料や技法に注目して調査撮影を行いました。今回得られた調査成果をもとに共同研究を実施していくとともに、和泉市久保惣記念美術館での展示や教育普及活動に活かしていただけるように進めて参ります。

東京藝術大学の一行を迎えて(資料閲覧室)

資料閲覧室を見学する一行

 令和6(2024)年11月26日、東京藝術大学美術学部の一行が、「工芸史特講演習」の一環で東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。

 片山まび氏(東京藝術大学美術学部教授)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員・田代裕一朗による案内のもと、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を見学するとともに、その活用方法に関する説明を受けました。なお今回の見学にあたっては、工芸史研究における活用価値の高い売立目録コレクションに重点を置き、田代が自身の調査研究で得た知見を交えつつ、より深く「売立目録」という資料を理解できるよう構成しました。

 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料の情報提供、そして資料を有効に活用するための環境整備に日々取り組んでいます。とくに研究員が日々進める調査研究が、このような取り組みと並行して進められ、両輪を成している点は当研究所ならではの特徴です。

 世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、これからの未来を担う学生に活用され、長期的な視野に立って文化財に対する認識と研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(利用ガイダンス|東京文化財研究所 資料閲覧室) をご参照のうえ、お申込みください。

「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」開催

講演風景(逢坂裕紀子氏)
講演風景(川島公之氏)

 令和6(2024)年11月1日、2日の2日間にわたって、東京文化財研究所セミナー室で「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」を開催しました。文化財情報資料部では、毎年秋に「オープンレクチャー」を企画し、広く一般から聴衆を募って、研究者の研究成果を発表しています。
 今回は、1日目に、「データベースにおける検索とキーワードの関係について」(文化財情報資料部 主任研究員・小山田智寛)と「AI時代におけるデジタルアーカイブ -文化の保存・継承・活用に向けて」(国際大学 GLOCOM研究員・逢坂裕紀子氏)の講演がおこなわれ、文化財デジタルアーカイブにおける将来的な可能性が示されました。
 また、2日目には、「韓国陶磁鑑賞史 -韓国におけるコレクションの形成」(文化財情報資料部 研究員・田代裕一朗)と「中国陶磁鑑賞史 -近代のわが国における中国陶磁鑑賞の受容と変遷」((株)繭山龍泉堂代表取締役、東京美術商協同組合理事長・川島公之氏)の講演がおこなわれ、韓国陶磁や中国陶磁に対する価値観の移り変わりが紹介されました。
 両日合わせて一般から138名の参加者があり、聴衆へのアンケートの結果、回答者のおよそ9割から「たいへん満足した」、「おおむね満足だった」との回答を得ることができました。

写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」の開催(たばこと塩の博物館)

ギャラリートークの様子(10月26日)
関連シンポジウムの様子(11月10日)

 写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」が、10月5日~11月17日までの会期で、たばこと塩の博物館(東京都墨田区)で開催されました。
 この展覧会は、たばこと塩の博物館と科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」(代表:無形文化遺産部長・石村智)の共催で実施され、東京文化財研究所の後援、駐日スーダン共和国大使館の協力を得ました。
 この展覧会では、日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン事務所の今中航氏、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)の金森謙輔氏、ジャーナリストで8bitNews代表の堀潤氏、スーダン科学技術大学教授のモハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真のほか、大英博物館、東京国立博物館、駐日スーダン共和国大使館のコレクションからの写真を含む12点の写真が展示されました。中でも、モハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真は、武力紛争の只中にあるスーダンの日常生活を捉えた貴重なものであり、写真を提供してくださったスライマン氏に心より感謝申し上げます。
 10月26日にはギャラリートークを開催し、石村智による展示解説と、ブループリント(注1)制作者の熊谷健太郎氏による、ブループリントの原材料として欠かせないアラビアゴムとスーダンの関係についてのトークが行われました。
 11月10日には関連シンポジウムを開催しました。前半はパネルディスカッションで、青木善氏(たばこと塩の博物館)、金森謙輔氏、堀潤氏、関広尚世氏(京都市埋蔵文化財研究所)、清水信宏氏(北海学園大学)が報告を行った他、今中航氏と坂根宏治氏(日本国際平和構築協会、元JICAスーダン事務所所長)がオンラインで報告を行いました。またアリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)からはビデオメッセージを寄せていただきました。なお全体の司会は石村智が務めました。さらにパネルディスカッションの最後には、日本在住のスーダン人青年がコメントを寄せました。
 後半には、REIKAスダニーズ・ダンスグループ(Reika、Miyuki、Yoko、Reiko、Miho、Akiko、Yoko)によるパフォーマンスが行われました。最後の曲では、観客も一緒になってスーダンのダンスを踊りました。シンポジウムには80名が参加し、大盛況でした。
 会期中、博物館のミュージアムショップでは、このシンポジウムのパネリストたちが執筆した書籍『スーダンの未来を想う―革命と政変と軍事衝突の目撃者たち―』(関広尚世・石村智編著、明石書店、2024年)の販売も行われました。
 最後に、この展示にご協力いただいたジュリー・アンダーソン氏(大英博物館)、モハメッド・ナズレルデイン氏(テュービンゲン大学)、アリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)に感謝申し上げます。

(注1)ブループリント(シアノタイプ)とは、青色の発色を特徴とする19世紀に発明された写真方式。機械図面や建築図面の複写(青写真)によく用いられた。現在では実用としてはほとんど用いられないが、その独特の表現から美術作品として用いられる。

韓国文化財保存科学会第60回秋季学術大会への参加

学会開会式
研究発表の様子

 令和6(2024)年11月8~9日に、韓国・全州市 全北大学国際コンベンションセンターにて開催された、韓国文化財保存科学会第60回秋季学術大会に参加しました。

 今年の大会では、特別セッション「気候変動に対する文化遺産の防災と予防保存」にて日韓共同して発表が行われました。特別セッションでは日本から国立文化財機構文化財防災センター長の高妻洋成氏、三の丸尚蔵館の建石徹氏、そして東京文化財研究所保存科学研究センター研究員・芳賀文絵が発表を行いました。また、ポスターセッションで保存科学研究センター研究員・千葉毅が日本における航空資料の保存について、韓国の指定文化財との比較を挙げながら日本の制度上の課題について報告しました。

 今回の特別セッションでは、災害発生時に国、行政として文化財の救出にどのように対応していくのかが議論された後、個別の地域において実際の気温上昇に応じて、例えばシロアリの種による被害状況の変化の報告等が行われました。日本からは東日本大震災で被災した資料の保存をはじめ、資料が被災したことに起因する文化財からの揮発成分の調査、そして資料への影響について報告しました。

 災害への対応は、その被害を予測し予防するだけでなく、より多様な対処方法等について情報を共有し、知見を広く持つことにより、柔軟な対応が可能となり、いわゆる災害に対してレジリエンス(回復力、復元力、弾力性)の高い体制を持つことができると考えられます。今後も日韓共同した交流を継続することで、より良い文化財保存のための動きがとれるよう協力していきたいと思います。

イコモス2024年次総会/学術シンポジウムへの参加

主要な参加者が登壇した学術シンポジウムのオープニングセレモニー
会場となったオウロプレト歴史都市の風景(1980年ユネスコ世界遺産登録)

 令和6(2024)年11月13日~15日にかけて、ブラジル・オウロプレトで開催されたイコモスの2024年次総会/学術シンポジウムに参加しました。イコモス(ICOMOS = International Council on Monuments and Sites)とは、昭和39(1964)年に採択された「歴史的な建造物および場所の保存と修復のための国際憲章(べニス憲章)」のもとに昭和40(1965)年に設立された専門家や学識者等で組織される文化遺産保護の第三者機関(NGO)です。現在では全世界で10,000名以上の会員を擁しており、その活動は、ユネスコの諮問機関として世界文化遺産の価値評価等の審査を行うことでもよく知られています。
 今年の学術シンポジウムは、ベニス憲章採択60周年の節目を捉え、「ベニス憲章の再検討:批判的な見地と今日的課題への挑戦(Revisiting the Venice Charter: Critical Perspectives and Contemporary Challenges)」がテーマに掲げられ、4本の基調講演と4回のラウンドテーブルを中心に、国際的な遺産保護の現状や将来展望について活発な議論が展開されました。その中では、気候変動や人口移動、地域間不平等などの様々な社会問題が関係するようになっている21世紀の遺産保護の潮流にあって、ベニス憲章は国際規範としての役割を十分に果たせなくなっているとの意見が主流を占める結果となり、最後に、ベニス憲章にかわる新しい国際憲章の起草を強く勧告する「オウロプレト文書(Ouro Preto Document)」が採択され、会議は幕を閉じました。
 東京文化財研究所では、今後もこうした国際会議への積極的な参加を通じて、文化遺産保護に関する国際情報の収集と蓄積に努めていきます。

聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復共同研究

保存修復に関する実地研究の様子
国際シンポジウムでの発表

 文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国のカッパドキアに位置する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院内)を対象に、現地専門機関や大学と協力しながら内壁に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究事業を進めています。今年の6月には、安全に研究活動を行うための環境整備について現地関係者と協議し、足場の設置や水道の整備など、多方面でご協力いただけることとなりました。(聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)保存修復共同研究に係る協議::https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2087011.html

 令和6(2024)年10月25日~11月9日にかけて現地を訪問し、ネヴシェヒル保存修復研究センターと共同で、剥離した漆喰層の補強や、壁画表面に付着した煤汚れの除去方法など、保存修復に関する実地研究を行いました。いずれについても有効的な方法を見出すことができ、その結果、これをもとにした保存修復計画を立案するに至りました。また、11月6日には、カッパドキア大学で開催された当該事業に係る国際シンポジウムに参加し、事業目的や進捗状況について報告しました。
 この共同研究は、東京文化財研究所が中心となり、トルコの専門機関や大学に加え、欧州の専門家も参加する国際的なプロジェクトに成長しています。学術的な調査にとどまらず、文化財の保存や活用に携わる多くの人々に役立つような活動を目指していきます。

世界遺産研究協議会「世界遺産の柔らかい輪郭」の開催

案内チラシ(表面)
研究協議会風景

 文化遺産国際協力センターでは、平成28(2016)年度から世界遺産制度に関する国内向けの情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和6(2024)年度は「世界遺産の柔らかい輪郭-バッファゾーンとワイダーセッティング-」と題し、資産の適切な保護を目的としてその外側に設定される周縁部に焦点を当てました。今回は、令和6(2024)年11月25日に東京文化財研究所で対面開催し、全国から地方公共団体の担当者ら84名が参加しました。
 冒頭、文化遺産国際協力センター国際情報研究室長・金井健からの開催趣旨説明に続き、鈴木地平氏(文化庁)が「世界遺産の最新動向」と題して、今年7月にニューデリーで開催された第46回世界遺産委員会における議論や決議等について報告を行いました。その後、松田陽氏(東京大学)が「世界遺産の周縁における遺産概念の広がり」、文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・松浦一之介が「イタリアのバッファゾーンとワイダーセッティング-景観保護法制に基づく遺産価値の広がり-」と題した講演を、続いて佐藤嘉広氏(岩手大学)が「『平泉』のバッファゾーンとワイダーセッティング」、木戸雅寿氏(滋賀県)が「彦根城世界遺産登録としてのバッファゾーンとワイダーセッティング」、正田実知彦氏(福岡県)が「HIAにおけるワイダーセッティングの捉え方-宗像・沖ノ島の事例とWHSMFの講義から-」と題した事例報告を行いました。その後、登壇者全員が世界遺産の価値(OUV)のあり方、世界遺産の保護を支える日本国内の制度的課題、さらには世界遺産制度の将来像について意見交換を行いました。
 これらの講演、事例報告、意見交換をつうじて、近年導入されたワイダーセッティングは明確に定義することが難しいものの、有形・無形の二つの側面からアプローチが可能なことや保護と活用を両輪とする枠組みで捉えることが可能なことなどが浮き彫りになりました。また、このような資産周縁の管理そのものが現在の国内の法制度では非常に難しいという課題も再確認できました。こうしたテーマも含め、当研究所では引き続き文化遺産保護に関する国際的な制度研究に取り組んでいきたいと思います。

北米美術図書館協会(ARLIS/NA)来日記念国際シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」開催と関連機関視察

ARLIS/NAジャパンスタディーツアー オリエンテーション(10月21日)
関連施設視察(東京文化財研究所書庫、10月21日)
シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」ディスカッション(10月22日)

 北米美術図書館協会(ARLIS/NA)は、昭和47(1972)年に設立された美術・建築を専門とする司書、視覚資料専門家、キュレーター、教員、学生、アーティストなど1000名以上で構成される組織です。このARLIS/NAが、今回、はじめて日本でのスタディーツアーを開催し、16名のメンバーが来日しました。そのツアーの一環として、令和6(2024)年10月22日、ARLIS/NAと東京文化財研究所の共催による国際シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」を開催いたしました。
 シンポジウムでは、第一部として、国立国会図書館・電子情報部主任司書の小林芳幸氏がデジタルアーカイブのナショナルプラットフォーム「ジャパンサーチ」を、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規が、当研究所所蔵近現代美術アーカイブを紹介しました。第二部「ARLIS/NA 日本関係コレクションの事例研究」では、ピーボディ・エセックス博物館ダン・リプカン氏(代読:ボストン建築大学・安田星良氏)、イリノイ大学のエミリー・マシューズ氏、プラット・インスティテュートのアレクサンドラ・オースティン氏、ブリガムヤング大学図書館のエリザベス・スマート氏、ヴィジュルアル・アーティストのアンジェラ・ロレンツ氏に、ご所属機関の日本関連資料や日本と関わりの深いコンテンツ・活動をご紹介いただきました。そののちに、山梨絵美子氏(千葉市美術館館長、当研究所客員研究員)のディスカッサントのもと、討議を行いました。ARLIS/NAのメンバーと日本国内の専門家、合わせて70名あまりが参加し、活発な情報交換が行われました。
 またこのスタディーツアーでは、関連機関の視察も行われ、東京藝術大学大学図書館、東京国立博物館資料館、国立西洋美術館研究資料センター、国立国会図書館、東京都現代美術館美術図書室、早稲田大学會津八一記念博物館・中央図書館・国際文学館(村上春樹ライブラリー)、東京国立近代美術館アートライブラリを訪問させていただきました。この場をお借りして、ご対応くださった各機関の担当者の方にお礼を申し上げます。今回のシンポジウムと関連機関視察が、ARLIS/NAメンバーと、日本国内で文化財に携わる専門家との相互交流の契機になればなによりです。

近世初期の漢籍受容と挿花文化の展開―令和6年度第6回文化財情報資料部研究会の開催

『古流挿花口伝秘書』(東京文化財研究所蔵)

 明時代に刊行された漢籍、いわゆる明版は日本にすぐさま輸入され、室町時代から江戸時代に我が国の文化に大きな影響をおよぼしました。その一例に挿花論として名高い袁宏道『瓶史』(萬暦28〔1600〕年成立)があります。『瓶史』は遅くとも寛永6(1629)年には舶載され、江戸時代後期頃、文人層を中心に熱心に受容され様々な生花の流派が成立しました。こうした受容と展開は18世紀以降に相次いだ『瓶花』関連文献の刊行、たとえば『本朝瓶史抛入岸之波』 (1750)や『瓶花菴集 附 瓶話』(1785)、『瓶史国字解』(1809、 1810)などをみてもよくわかります。
 しかしながら、それに先立つ17世紀頃の受容については不明なことが多く、漠然としている状況にあります。令和6年(2024)10月29日に開催された文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長・小野真由美が「江戸時代初期における袁宏道『瓶史』の受容について―藤村庸軒の花道書の紹介をかねて―」と題して、17世紀における袁宏道『瓶史』の影響について研究発表を行いました。
 発表では、新出の花道書『古流挿花口伝秘書』(東京文化財研究所所蔵)に、藤村庸軒(1613~99)が袁宏道に私淑し、挿花の一流派を成したことが記されていることなどを紹介しました。庸軒は17世紀を代表する茶人のひとりで、京都の呉服商十二屋の当主として藤堂家に仕え、三宅亡羊(1580~1649)に漢学を学びました。また藪内流と遠州流をへて千宗旦(1578~1658)の高弟となった人です。漢詩に秀で、多彩な茶歴をもつ茶人として知られる庸軒は、挿花にも秀でた人物でした。研究会では、コメンテーターに国文学研究資料館研究部准教授山本嘉孝氏をお招きし、袁宏道『瓶史』について貴重なご意見をうかがいました。
 袁宏道が説いた花への理想的な姿勢、それはすなわち一枝の花を瓶に挿すことは自然に身をおくことに等しいとする境地でもあります。そうした精神性が江戸の人々にどのように受け止められ、諸流派へと展開していったのでしょうか。研究会では各分野のかたがたとの意見交換がおこなわれました。それらをふまえて花伝書『古流挿花口伝秘書』を手掛かりに、今後も丁寧に読み解いていきたいと思います。

研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(講談)一龍斎貞水師を偲んで」の開催

一龍齋貞橘氏による口演
対談の様子(左:飯島氏、右:貞橘氏)

 令和6(2024)年10月3日、東京文化財研究所地下セミナー室で研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(講談)一龍斎貞水師を偲んで」を開催しました。
 無形文化遺産部では、古典芸能を中心とする無形文化財のうち、一般に披露される機会の少ないジャンル、演目を選んで実演記録事業を実施しています。一龍斎貞水氏(1939-2020、国指定重要無形文化財「講談」保持者[各個認定])による講談の実演記録も、平成14(2002)年から令和2(2020)年にかけて、145演目の記録撮影を実施してきました。
 当研究会では、無形文化遺産部部長・石村智による趣旨説明ののち、武蔵野美術大学教授・今岡謙太郎氏による講演「歌舞伎『勧進帳』の成立と講談の関係について」、当研究所による実演記録・講談『難波戦記』より「木村長門守の堪忍袋」(貞水氏、平成27(2015)年5月26日当研究所実演記録室にて収録)の上映、貞水師門弟・一龍齋貞橘氏の口演で講談『勧進帳』、貞橘氏と無形文化遺産部客員研究員・飯島満氏による対談「貞水師について」を実施しました。
 貞水氏による実演記録(講談)の公開可能な記録映像は、近日中に当研究所資料閲覧室で視聴可能となる見込みです(視聴開始の際には当研究所ウェブサイトでお知らせします)。
 今後も無形文化遺産部では、披露の機会が稀少な古典芸能等の記録を継続し、可能なものについては適切な方法で公開して、無形文化財の継承に資するべく努めてまいります。

雅楽上演を多角的に捉える:実験収録の実施

舞楽《萬歳楽》収録の様子
舞楽《陵王》収録の様子

 令和6(2024)年9月30日と10月1日に、雅楽の実演について、視聴覚データ・生理学データ(呼吸等)・モーションキャプチャデータを同時計測する実験収録を行いました。これは、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓が研究代表者を務める「楽と舞:雅楽実践の身体コミュニケーション」プロジェクトの一環であり、東京文化財研究所・東京大学・桜美林大学・神戸大学・理化学研究所・ダラム大学の共同研究として、三島海雲記念財団 2024年度学術研究奨励金の助成を受けたものです。
 伝統芸能では、役割の異なる演者同士で見計らって表現を「合わせる」ことがよくありますが、これは決して「機械的に揃える」ことを意味しません。その微妙な調整がどのように行われるのかを探るため、収録の主な目的は、(1)呼吸や細かな動きなど映像・音声だけでは捉えきれない要素も含めて記録すること、(2)楽人・舞人の役割を担う際に何を意識しているのかという演者ご自身の意識・感覚について洞察を得ることとしました。2日間を通して、計13名の演奏家の協力のもと、《萬歳楽》と《陵王》の舞楽・管絃での上演を収録しています。
 今後は、得られた量的データ(視聴覚記録、生理学的記録、モーションキャプチャ)と質的データ(インタビュー)を、演奏者間の相互作用という観点から詳細に分析していきます。研究は始まったばかりですが、将来的な成果を、多様化する伝統芸能の記録作成手法そのものの検証にも繋げられればと考えています。

バーレーンおよびサウジアラビアの文化遺産保存状況に関する調査

バルバル神殿遺跡の浸水被害調査
アル・ファウ遺跡シンポジウム

 文化遺産国際協力センターでは、文化遺産保存状況の調査ならびに関連協議のため、令和6(2024)年10月上旬にバーレーンとサウジアラビアへ調査団を派遣しました。
 このほど、バーレーン文化古物局と東京文化財研究所、金沢大学古代文明・文化資源学研究所の三者は協力協定を締結し、新たに「バハレーン・アラビア湾岸考古学・文化遺産研究センター」を立ち上げ、同国の考古学研究と文化遺産保護事業を共同で進めていくことで合意しました。今回のバーレーン訪問のおもな目的は、年初の大雨による影響を受けた遺跡の状況調査です。カラートゥ・ル=バーレーン遺跡では、浸水による砦外壁の崩壊や、ナツメヤシ材を用いた天井梁の顕著な撓みが確認され、一時的に観光客の立ち入りが制限されていました。また、バルバル神殿遺跡では、最も神聖な場所であったと思われる井戸状遺構に砂が流入し、基礎の洗堀等によって複数の石材が傾斜・移動していました。このように、気候変動による年間降水量の増大に伴い、それによる文化遺産への影響が中東・湾岸地域では年々深刻化しています。数年前に採られた記録と現状を比較して劣化の進行を定量的にモニタリングすることを提案し、影響軽減の対策案について協議しました。
 一方、サウジアラビアでは、令和6(2024)年9月に世界遺産に新規登録されたばかりのアル・ファウ遺跡をテーマとして首都リヤドで開催されたシンポジウムに出席し、続いて遺跡現地も見学しました。イスラーム以前の交易都市の遺構を中心としたアル・ファウ遺跡は、祭祀遺構や主に青銅器時代に築かれた多数の古墳も含む広大かつ多面的な遺跡ですが、発掘調査はまだ全体の数%しか完了していません。今回の訪問では文化遺産庁とも意見交換を行い、今後の公開に向けた史跡整備のなかで必要な支援ができるよう、協議を継続することを確認しました。

文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップの開催

写真測量の実習
広島県平和記念公園でのVRツアー体験
福井県一乗谷朝倉氏遺跡でのARコンテンツの体験

 文化遺産国際協力センターは、令和6(2024)年度文化遺産国際協力拠点交流事業「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」を文化庁より受託しています。その一環として、令和6(2024)年10月21~30日にかけて「文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ」ならびに「日本の博物館、史跡におけるAR、VR、デジタル・コンテンツの活用に関するスタディー・ツアー」を実施しました。本研修は、前年度に同交流事業を受託してバーレーンにて実施した、3Dデジタル・ドキュメンテーションに関する基礎的な研修を発展的に継承したもので、今回はバーレーン、クウェート、サウジアラビア、オマーン、エジプトの5カ国から計7名の専門家を招聘して、応用的な技術講習・実習に加え、ドローンを航行させての遺跡や建物の広域測量の実習、さらに日本国内での活用事例を見学するスタディー・ツアーも行いました。
 日本に招聘して研修を実施するねらいは、考古遺跡や歴史的建造物の記録における3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入だけでなく、歴史教育や博物館展示、史跡公開などの場面での活用事例を学んでもらうことにあります。そこで、東京国立博物館と文化財活用センターが製作したデジタル日本美術年表をはじめとするデジタル・コンテンツや、産業技術総合研究所が進めるデジタルツイン事業の一つである3D DB Viewer、博物館資料の3Dデータを3Dモデルとして出力し“触れる展示資料”を提供している「路上博物館」などの事例を紹介しました。また、広島の平和記念公園で実施されているPeace Park Tour VRの体験、大塚オーミ陶業による文化財のレプリカ製作の現場見学、福井県一乗谷朝倉氏遺跡の屋内外における遺構露出展示や復元街並みとAR・VRの融合事例の見学などを実施しました。
 湾岸諸国の中でも、3Dデジタル・ドキュメンテーションを本格的に導入したい対象や場面が国毎に異なり、より専門的かつ集中的な研修と実用化が求められていることがうかがわれました。今後はそれらのニーズに個別に対応した、より実践的な協力のあり方も検討していきます。

旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵の保存修復に係る調査研究(その2)

無機修復材料を用いたパック法の実施
保存修復前後の様子

 東京文化財研究所では、令和3(2021)年度より、「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾に関する研究調査を行なっています。昨年度は、新潟県長岡市にある機那サフラン酒製造本舗土蔵にて、扉や軒下に配された鏝絵を対象に、埃などの付着物の除去や、剥離・剥落といった損傷箇所に対する適切な保存修復方法の確立を目的とする調査研究を長岡市から受託して行いました。これに続き、今年度は、彩色層や漆喰層の補強および補彩技法の確立を目的とする調査研究を、欧州の専門家にも協力いただきながら9月26日~10月16日にかけて行いました。
 過去にこの鏝絵では、損傷箇所の補修に合成樹脂を含む材料が使われていましたが、夏は高温多湿で、冬季間には降雪量の多いことから経年による劣化が激しく、ときに補修材料が鏝絵を傷める原因になっていました。この現状を改善すべく耐久性に優れた無機修復材料の導入を検討し、補彩においては、制作から間もなく100年を迎える本鏝絵が持つ風格を現代に継承しつつ、鏝絵蔵全体の調和を生み出すよう配慮した彩色方法を採用しました。
 一連の調査研究を通じて確立された鏝絵の保存修復方法は、文化財保存学の視点から実施された国内初の事例となります。この方法に基づく成果については、今後の経過観察を通じてその効果を検証する必要がありますが、現状の改善に繋がる大きな一歩を踏み出すことができたといえるでしょう。

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